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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)64号 判決 1985年12月19日

富山市八人町四番一一号

原告

蛯谷久三郎

右訴訟代理人弁理士

中川紀一

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

宇賀道郎

右指定代理人

須藤阿佐子

村越祐輔

山本邦三郎

右当事者間の昭和五八年(行ケ)第六四号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和五八年一月二五日、同庁昭和五二年審判第九〇〇五号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五〇年二月一二日、名称を「魚肉煉製品の製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和五〇年特許願第一六八九一号)をしたところ、昭和五二年五月一六日拒絶査定を受けたので、同年七月九日、これを不服として審判の請求(昭和五二年審判第九〇〇五号事件)をしたところ、昭和五七年三月一一日出願公告されたが、特許異議申立がなされ、昭和五八年一月二五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年四月二日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

冷凍魚肉擂身包装体を解凍中あるいは解凍後もみほぐし、該包装体の端部を切断して孔部を形成し、該包装体を外部から押圧して該孔部から解凍擂身を坐りをおこす以前に所定量押出し、これを加熱媒体と接触させて加熱処理することを特徴とする、魚肉煉製品の製造法。

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、特許異議申立事件において提出された、本願発明の特許出願前日本国内に頒布された刊行物である「食品と科学」増刊号「続・これからの水産ねり製品」第二一〇頁ないし第二一三頁(以下「引用例」という。)には、家庭用調味スリミの開発と題して、生のスリミは腐敗しやすく、坐りの現象が起こるという流通商品としての欠点をもつているが、これを凍結して保存する方法の開発によつて、流通商品とする可能性が生まれたこと、家庭用スリミ製品は魚肉から水さらしによつて水溶性物質を除去し、水さらしした肉に糖類や重合燐酸塩を加え、更に食塩を加えて十分にねつてから、澱粉、調味料を加えたスリミを塩化ビニリデンのケースに充填し冷凍して製造されること、家庭用スリミはパツクのまま水道の流し水に二〇分ないし三〇分ほどつけておくと完全に溶けて、冷凍する前の生のときと変わらない肉糊となるが、肉糊になつてから長時間放置すると坐りの現象を起こすので、溶けたらあまり時間をおかずに使用することが必要であること、最も簡単な用い方の例として、包装のまま沸騰前の湯で煮ると蒲鉾になるし、適当に形をとり油で揚げるとサツマ揚になること、が記載されている。

そこで、本願発明と引用例に記載された発明とを比較検討すると、両者は、冷凍魚肉擂身包装体を解凍後、解凍擂身が坐りを起こす以前に包装体から取り出し、これを加熱媒体と接触させて加熱処理することを特徴とする魚肉煉製品の製造法であることで一致し、(1)前者は、解凍後あるいは解凍中に包装体をもみほぐす工程があるのに対し、後者は、そのような工程がない点、及び(2)前者は、包装体の端部を切断して孔部を形成し、解凍擂身を押し出して取り出すのに対し、後者は、どのようにして取り出すかまでは記載されていない点で相違がある。

しかしながら、相違点(1)について、引用例には、冷凍された料理用スリミは、水道の流し水につけて解凍すると完全に溶けて冷凍前の生のときと変わらない肉糊となることが示されていることと、本願発明の願書に添附した明細書(以下「本願明細書」という。)中には、このもみほぐしの有無の差異が具体的な裏付けをもつては示されていないことを合わせ考えると、本願発明のもみほぐす工程は格別意義のある工程とはいえないものである。してみれば、単にもみほぐして柔らかくする程度のことは当業者であれば必要に応じなし得ることである。更に、相違点(2)について、包装された糊状食品を取り出すために押し出したり絞り出したりすることは本願発明の特許出願前普通に行われていることであつて、その際包装体のどの部分をどのような大きさ、形状に切断するかは、目的に応じ適宜実施されることにすぎないので、引用例において、パツクのまま解凍されて肉糊となつたものをパツクの端部の一部分を切断して押し出して取り出すことは、当業者が容易に気付くことにすぎないといえる。しかも、本願発明は、そのことによりもたらされる効果は、手を触れないで衛生的に煉製品が得られるというだけのことで、引用例でも包装のまま加熱処理をして手を触れないで煉製品を得ており、それは包装のまま取り扱うことにより当然もたらされる効果であつて、予期以上の顕著なものということはできない。

したがつて、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

引用例の記載内容及び本願発明と引用例記載の発明との相違点((1)及び(2))が本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点(1)について、冷凍すりみに関する技術水準の認識を欠いた結果、引用例の解釈を誤り、かつ、本願明細書の発明の詳細な説明の項に存するもみほぐし工程の奏する効果の記載を看過し、本願発明のもみほぐす工程は格別意義のある工程とはいえないとの誤つた認定判断をなし、相違点(2)の点について、両者の構成上の差異(包装体外で加熱処理するかどうか)及び他の糊状食品にはない冷凍すりみ特有の問題を見落として、パツクのまま解凍されて肉糊となつたものを、パツクの端部の一部分を切断して押し出して取り出すことは、当業者が容易に気付くことにすぎず、かつ、その奏する作用効果は、手を触れないで衛生的に煉製品が得られるというだけのことで、予期以上の顕著なものということはできないとの誤つた認定判断をなし、その結果、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨認定判断をしたものであつて、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  相違点(1)についての認定判断の誤り

引用例は、冷凍された料理用すりみは、水道の流し水につけて解凍すると完全に溶けて冷凍前の生のときと変わらない肉糊となるという事実が証明されたことを記載した科学的文献ではないこと、引用例に、「魚肉を冷凍貯蔵して、生鮮のときのままの品質を保持することはなかなか困難なことである。」(甲第三号証第二一〇頁第三段第五行ないし第七行)との記載がある他、「新版魚肉ねり製品」(昭和五六年一一月二五日発行、甲第一〇号証の二)の第七一頁第三行以下には、すりみの冷凍変性の機構として諸説があり、「結合水の離脱」、「水とタンパク質の水和水との相互作用」、「細胞液の濃縮」等が関係する旨の記載が、同書第六八頁第五行ないし第七一頁第二行には、魚肉タンパク質の冷凍変性の要因として氷晶の生成状態、貯蔵温度等に関した記載があり、「冷凍」第四〇巻第四四七号(甲第九号証の三)第三頁ないし第一三頁には、冷凍によるタラ肉等にスポンジ化現象が起きる旨の記載が、「冷凍すりみ・この十年」(昭和三四年~昭和四四年)(甲第七号証)第一五四頁第五行ないし第一二行には、冷凍すりみが保管及び輪送中に品質低下するその原因、温度等が記載されていることが認められ、これらの記載からすると、魚肉あるいは魚肉すりみを冷凍貯蔵した場合、冷凍すりみに品質低下が起こり、品質低下を防止することもなかなか困難なことであり、また、解凍しても冷凍前の生の状態には簡単に戻らないものと理解されていたものであること、更に、業界において、魚肉煉製品及び冷凍すりみのそれぞれの製造方法並びに品質についての一貫した理論的解明がなされておらず、科学的な基準に基づく品質規格等も確立されていないこと等からすると、冷凍貯藏した後、解凍したすりみは、冷凍、貯藏及び解凍の工程により作用を受けて、何らかの変化が生ずると解するのが妥当であつて、「解凍すると完全に溶けて冷凍前の生のときと変わらない肉糊となる」との引用例の字句をそのまま正しいものとして認定することは誤りである。

また、本件審決は、「もみほぐしの有無の差異が具体的な裏付けをもつては示されていない」と認定しているが、本願明細書には、数値的にその効果を記載してはいないものの、「未解凍の状態で残存する氷晶の解凍が促進されるはかりでなく、この残存氷晶および融解水あるいは添加されている食品の細切物が擂身中に均一に分散して均一な組織の煉製品を製造することができる」と記載しており、異議申立人も特許異議申立理由補充書において、「もみほぐしは均一分散技術であることは明らかである」(甲第九号証の一第五頁第七行及び第八行)等ともみほぐしの効果を認めており、また、蒲鉾業者(魚肉煉製品製造業者)が冷凍すりみから魚肉煉製品を製造する場合には、必ず冷凍すりみを解凍し、擂潰工程を行つた後、成形・加熱しており、冷凍すりみの冷凍による変化(氷晶により均一でなくなる等の変化)は、擂潰により解消できることは、当業者であれば経験上熟知しており、本願発明のもみほぐしの効果が擂潰の効果に近似していると理解することは容易である。更に、被告も、包装体をもみほぐす工程は、袋から出してよくかきまぜて使用することの意義と同程度というほかない、と主張して、包装体外で混合することの意義と本願発明における包装体内でのもみほぐしの意義とは同程度であるというのであるから、その限りで効果のあることを認めているのであるが、それにもかかわらず、本件審決は、「本願明細書中にはこのもみほぐしの有無の差異が具体的な裏付けをもつては示されていない」旨認定したものであつて、右認定は誤りである。

以上の事実からすると、本件審決は、引用例の解釈を誤り、かつ、本願発明のもみほぐす工程の奏する効果についての記載を看過した結果、本願発明におけるもみほぐす工程は格別意義のある工程ではないと認定判断したものであつて、右認定判断が誤りであることは明らかである。

2  相違点(2)についての認定判断の誤り

本件審決は、「引用例において、パツクのまま解凍されて肉糊となつたものを、パツクの端部の一部分を切断して押出して取り出すことは当業者が容易に気付くことにすぎない」と認定しているが、右認定は、他の糊状食品にはない冷凍すりみ特有の問題を見落してなしたものであつて、誤りである。すなわち、

当業者は、冷凍すりみを解凍し、擂潰すれば冷凍による影響が解消できることは分かつており、また、冷凍すりみをすり鉢、ボール等に入れてすり混ぜても良い結果が得られるわけであるが、家庭(特に都市部)では、そうしたことをすることを期待するのは無理であり、消費も伸びなかつたという事情等があつたことから、原告は、手を汚すことなく、容器(すり鉢、ボール等)を使わないで擂潰と同じような効果(正確には、擂潰された後のすりみを付け包丁で板づけ又は成形枠に入れて成形を行うに当たり、数個分のすりみを付け包丁でテーブル又はまな板上にとり、付け包丁でもみほぐし、煉りながら平らに厚さを整え、板づけを容易にする職人的技術)を得る方法はないかと考えていて、本願発明の包装体をすり鉢の代用とし、指をすりこぎとして包装体外から冷凍の影響を受けたすりみをもみほぐし、板づけ前のすりみを作るとともに、その包装体を利用して押圧して絞り出しながら成形するという方法を発明したのであつて、冷凍すりみを右方法により取り出すことは、容易に気付くことにすぎないとはいえないし、また、効果の点についても、本件審決は、「そのことによりもたらされる効果は手を触れないで衛生的に煉製品が得られるというだけのこと」であり、「予期以上の顕著なものということはできない」旨認定しているが、本願発明は、「特に家庭においては、主婦が、冷凍擂身を調理するさい、手が汚れるのでその調理をきらい、また擂身の調理手段にうとくこれらが魚肉冷凍擂身の市販上の欠点ともなつていた」(甲第二号証第一頁右欄第一四行ないし第一七行)のを解決し、「魚肉擂身が人手と直接接触せず、人手で汚染されることなく、衛生的であり、しかも押出し、加熱という操作によつて魚肉擂身を簡単に煉製品とすることができ」(同号証同欄第二三行ないし第二六行)、例えば、すまし汁の碗種は、引用例のように、ポール等に出した後、スプーン等で形状、大きさを整えるようにしても不揃いのものしかできないが、本願発明の製造法によれば長さ一cm、直径一cmの円筒状の大きさ、形状を揃えて作ることができるという作用効果を奏するのであつて、この点からも本願発明の作用効果は顕著ということができる。また、本件審決は、本願発明の叙上の効果は、「引用例でも包装のまま加熱処理をして手を触れないで煉製品を得ており、それは包装のまま取り扱うことにより当然もたらされる効果である」と説示するが、本願発明は、包装体外で調理加熱するものであるから、この点において包装のまま加熱処理する引用例記載の発明とは構成を異にするものである。本件審決の前記認定は、以上の点を看過したものである。

被告は、魚肉煉製品原料は糊状食品の一種であつて、押し出したり、絞り出したりして、ある形で取り出すことは、糊状食品一般に共通で、魚肉煉製品特有のことではなく、効果が顕著でないと主張するが、被告が例示する糊状食品は、いずれも調理することを躇躊するような食品ではなく、かつ、例示のシユー皮の生地の絞り出しは、シユーは生地を絞り出し袋より焼板上に絞り出し加熱して成形するもので、本願発明のように、包装体の端部を切断し孔部を形成し、すりみを絞り出す方法とは相違するし、みその絞り出しによる取出しは見たことがないが、みそ汁であれは、みそは溶解されるので、本願発明のようにつみれ等を形成させるのとは全く相違し、その他の糊状食品も、絞り出しの前後において加熱等による質的変化を受けないものであるから、本願発明のすりみとは相違し、被告の主張は失当である。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。同四の主張は、争う。

二  本件審決の認定判断は正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

1  原告は、引用例には、「冷凍すりみを解凍すると完全に溶けて冷凍前のときと変わらない肉糊となる」旨記載されているとの本件審決の認定判断は誤つており、「冷凍貯蔵した後、解凍したすりみは、冷凍、貯蔵及び解凍の工程による作用を受けて、何らかの変化がある」と解釈するのが妥当である旨主張する。しかし、引用例には、冷凍すりみを完全に解凍したものを「包装のまま、沸騰前の湯で煮ると蒲鉾になる」(引用例第二一二頁上段)とも記載されており、そのままで蒲鉾になる程度には元に戻つていることが示されているのである。そうすると、仮に原告主張のように、「何らかの変化がある」と解釈したとしても、「何らかの変化」は、かきまぜたりしないでもそのままで蒲鉾になる状態には戻つているくらいわずかな変化にすぎず、たいした変化ではないのであるから、右解釈をとるとしても本件審決の判断が左右されることはない。また、原告は、本願明細書には、「もみほぐし」工程の意義についての記載があるのに、本件審決が「本願明細書中にはこのもみほぐしの有無の差異が具体的な裏付けをもつては示されていない」としたことに誤りがあると主張する。確かに、本願明細書には、「もみほぐし」工程について、原告主張のような記載があるけれども、それらの記載事項を総合しても、解凍後あるいは解凍中に包装体から取り出したすりみを他の材料と混合して均一にまぜたりする引用例に記載された包装体外でのもみほぐしを単に包装体内で行うというだけの意義が示されているにすぎす、包装体をもみほぐす工程は袋から出してよくかきまぜて使用することの意義と同程度というほかはない。また、右記載は、右包装体にとつて、包装体をもみほぐす工程をもうけることによつて、そうでない場合と比較して具体的にどれ程の効果を奏するものなのかを裏付けするものではない。そうしてみると、本願明細書にはもみほぐし工程の有無によつて有意な差異があることは示されていることにはならない。また、同じことは、原告の挙示する甲第四、第五号証をみてもいい得ることであり、包装体をもみほぐす工程の有無によつて、ある組成のすりみにとつて圧力試験、引張り試験あるいは層状構造において評価し得る違いがあるとはいつても、その違い自体は、引用例の記載から予測されるところを越えるものではなく、到底顕著な効果上の差異とはいい得ない。別の見方をすれは、家庭での手作りの蒲鉾として見たとき、いずれもおいしそうで、上手に仕上つたものということはできても、両者の間に顕著な差異があるということはできない。

以上のとおり、原告の引用例及び本願明細書の解釈についての主張はすべて失当であり、相違点(1)についての本件審決の認定判断に誤りはない。

2  原告は、本件審決は、「糊状食品を押し出したり絞り出したりすることは普通に行われていることである」、「パツクの端部の一部分を切断して取り出すことは当業者が容易に気付くこと」と判断したこと、並びに本願発明が引用例記載のものに比べて、大きさ、形状を揃えて作ることができるという効果を奏することを見落して、「当然もたらされる効果であつて予期以上の顕著なものということはできない」と認定判断したことは誤りである旨主張するが、原告の右主張は、一般の糊状食品についていえることであつても、大きさ、形状を揃える必要のある魚肉煉製品の製造法に適用することには発明があると主張するものである。しかし、魚肉煉製品原料は糊状食品の一種であつて、しかも、押し出したり、絞り出したりして一定量のものをある形で取り出すことは、糊状食品一般に共通することで(例えば、ポテトペースト、レバーペースト、マヨネーズソース、バタークリーム、チヨコレートクリームなどの飾りつけ、シユー皮の生地の絞り出しとクリームの充填、みその取出しなど)、魚肉煉製品に特有のことではないから、右主張は理由がない。また、大きさ、形状を揃える効果についても、本件審決は、「その際包装体のどの部分をどのような大きさ、形状に切断するかは、目的に応じて適宜実施されることにすぎないので」と触れているように、大きさ、形状を揃えることができることは適宜実施されることの当然の結果にすぎず、これを効果上の差として取り上げるほどのことではないと認定したまでであつて、これを効果について述べるところで触れていないことが、直ちに効果を見落したことにはならないことはいうまでもないことであり、この主張も理由がない。なお、本願発明の特許出願前に頒布された刊行物である乙第一ないし第三号証の公報には、包装された食品あるいはその原料を、包装体の一部分を切断し、押し出したり絞り出したりして、その中から糊状物を一定量ある形状で取り出すことが記載されているから、糊状食品の一種である魚肉煉製品原料の包装品をそのように取り扱うことは当業者が容易に気付くことにすぎないといえるとした本件審決の判断に誤りはない。

原告は、魚肉糊状食品は「調理することを躊躇するような食品である」ことで、一般の糊状食品と違つている旨主張するが、魚肉煉製品原料の包装品並びにその中身を調理すること自体は引用例に示されているのであるから、中身が調理することを躊躇するような食品であることは、手でさわりたくない、容器を汚したくないということに結びつくことはあつても、包装袋から直接押し出したり、絞り出したりすることにおいて一般の糊状食品と取扱いが異なることの理由になるはずもなく、原告のこのような主張は、本件審決を取り消す理由にはなり得ない。昭和四〇年代に入つて、プラスチツクフイルムによる袋が食品等の包装に実際に使用されてからは、あらゆる糊状食品についても包装品から取り出すこと、あるいは絞り出すことは日常生活の中に普通のこととして入つてきたのであるから、なお更のこと引用例記載の魚肉煉製品原料の包装品についても、一般の糊状食品と同じように取り扱うことができるとするほうが自然である。

以上のとおり、本件審決の相違点(2)についての判断に誤りはない。

第四  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、並びに引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがなく、前記本願発明の要旨及び引用例の記載内容を対比すると、本願発明と引用例記載の発明とは、冷凍魚肉すりみ包装体を解凍後、解凍すりみを坐りを起こす以前に包装体から取り出し、これを加熱媒体と接触させて加熱処理することを特徴とする魚肉煉製品の製造法である点で一致していることが認められ、本願発明と引用例記載の発明との相違点((1)及び(2))が本件審決認定のとおりであることは、原告の自認するところである。

(本件審決を取消すべき事由の有無について)

二 原告が本件審決の取消事由として主張するところは、要するに、本件審決は、本願発明と引用例記載の発明の相違点であるもみほぐす工程の有無について、もみほぐす工程は、格別意義のある工程とはいえない旨の誤つた認定をし、本願発明における包装体の端部を切断して孔部を形成し、解凍すりみを押し出して取り出す点について、両者の構成上の相違(包装体外で加熱処理するかどうか)及び他の糊状食品にはない冷凍すりみ特有の問題を見落し、かつ、その奏する作用効果を看過した結果、本願発明は引用例記載の発明から容易に発明をすることができた旨の誤つた認定判断をしたもので違法であり、取消しを免れない、というにあるが、右主張は、以下説示するとおり理由がないものといわざるを得ない。

1  成立に争いのない甲第三号証によれは、引用例の「家庭用すりみの実用価値について」という項には、「料理用スリミは塩化ビニリデンのケーシングに充填され、バツクされているので、そのまま水道の水に二〇ないし三〇分程つけておくと完全に融けて、冷凍する前の生のときと変らない肉糊となる。」との記載に先立つて、魚肉すりみの凍結保存法における凍結変性阻止手段として、<1>水さらしによる水溶性物質の除去(魚肉中に存する無機塩類及び水溶性蛋白の除去)、<2>糖類、多加アルコールの添加及び重合燐酸塩の添加混合によるドリツプの完全防止措置がとられていること、そうした措置を講じた食塩を加えないすりみは、約六か月以上ほぼ完全に品質保持ができること、家庭用すりみは、食塩を加えて十分にねり、更に澱粉、調味料を加えたものであるので無塩すりみとは多少異なつて、無塩すりみと同一の添加物(糖添加量五パーセント)で作つた場合、貯蔵命数は約一か月であるが、糖を一〇パーセント添加することにょつてこの問題は解決され、煉製品原料として実用化されていること、家庭用すりみにおいても糖を一〇パーセント添加することは必須要件となつていること等の記載があることが認められ、これらの記載からすると、引用例の「冷凍する前の生のときと変らない肉糊となる」旨の前記記載は、ドリツプ防止措置を施した家庭料理用冷凍すりみについての説明であると認められ、更に、成立について争いのない甲第七号証(「冷凍すりみ・この十年」)、第九号証の三(「冷凍」第四〇巻)及び第一〇号証の二(「新版 魚肉ねり製品」)には、原告主張の各記載が存することが認められるが、右記載はいずれも冷凍すりみの製造、貯蔵に伴つて生ずる冷凍変性の原因及びその解決策等を記載したもので、すりみを冷凍することによつて生ずる氷晶の形成それ自体を冷凍変性とは捉えておらず、右証拠によれば、ドリツプ防止措置を講じた冷凍すりみについては、冷凍による氷晶の形成はあつても、冷凍変性は防止できることが記載されているのであつて、以上のことからすると、本件審決が本願発明と引用例記載の発明とを対比するに際して、引用例の前記記載に基づいて、引用例には、「冷凍された料理用すりみは、水道の流し水につけて解凍すると完全に溶けて冷練前の生のときと変わらない肉糊となることが示されている」と認定したこと自体に誤りがあるということはできない。

また、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「解凍を促進するために解凍中擂身を包装体外から押圧してもみほぐしてもよい。このようにすると、未解凍の状態で残存する氷晶の解凍が促進されるばかりではなく、この残存氷晶および融解水あるいは添加されている食品細切物が擂身中に均一に分散して均一な組織の煉製品を製造することができる。」(同号証第三欄第一五行ないし第二一行)、「解凍終了後、この包装体をもみほぐして擂身組織、特に水分の分布が均一になるように調整する。」(同号証第四欄第九行ないし第一一行)、「ケーシングを充分もみほぐしてケーシング内の成分、特に前記細切物を擂身中に均一に分布させ」(同号証第四欄第三三行ないし第三五行)との記載があることが認められ、右記載によれば、本願発明における解凍中又は解凍後のもみほぐし工程は、冷凍すりみの凍結変性の防止に寄与するものでも、凍結変性あるいは品質の低下したすりみを改良して元の状態に戻すという機能を有するものでもないが、解凍中にあつては、解凍を促進させるとともに水分を均一に分散させる(食品細切物を添加したものにおいては、右以外に食品細切物を均一に分散させる。)という技術的意義を有し、また、解凍後にあつては、水分を均一に分散させる(食品細切物を添加したものにおいては、右以外に食品細切物を均一に分散させる。)という技術的意義を有するものと解することができる。してみれば、本件審決が「本願明細書中には、このもみほぐしの有無の差異が具体的な裏付けをもつては示されていない」旨認定したのは、本願明細書の前記記載事項を看過したものといわざるを得ないけれども、冷凍食品原料を使用して調理するに際し、冷凍食品中の添加成分、例えば、醤油、塩、調味料等を均一に分散させるために包装体から取り出してまぜたりすることは、調理をする場合の常套手段であり、また、成立に争いのない乙第三号証(実公昭三九-三八〇三一号公報)によれば、袋体内に収容されている食品原料を、袋体の外部より手でもむことによつてまぜ、原料中の各添加物成分を均一に分散させることは本願発明の特許出願前周知の事実であると認められるから、引用例に記載の解凍後のすりみに対して、加熱処理に先立つて包装体の外部よりもみほぐすようなことは、これを調理する者が必要に応じて容易になし得る程度のことということができ、このもみほぐす工程を付加することによる効果は、前記のように、水分等を均一に分散させる程度のことにすぎず、これは調理する者の当然に予測できる程度のことにすぎないものと認めるのが相当である。

したがつて、本件審決が、本願発明におけるもみほぐし工程の技術的意義について、本願明細書の発明の詳細な説明の項に記載されていない旨認定した点は、その認定を誤つたものといわざるを得ないが、結論において、本願発明におけるもみほぐす工程は、格別意義のある工程とはいえないとした本件審決の認定自体には、何らの誤りもないものというべきである。

2  更に、成立に争いのない乙第一号証(実公昭三三-一二七九六号公報)によれば、右公報は、本願発明の特許出願前に頒布された実用新案公報であるところ、それには、可塑性物質、流動性物質、液状物質又は粉末等を収容するに適する密封容器の改良構造に関する考案が記載され、その実用新案の説明の項には、「使用に際しては出口を開孔する如く一角を切り落し、内容物の種類により押出すか或は振れば数条の小孔より内容物が出て来る。」(同号証第一頁右欄第四行ないし第六行)、内容物として、「例えばジヤムの如きものであればこれをパンにつけて食べる場合、押出すことにより、数条の細いソーメン状となつてつくからバターナイフ等を用いる必要なく、便利である」(同頁同欄第七行ないし第一〇行)との記載があることが認められ、右記載からすると、可塑性物質、すなわち、糊状食品を包装体に収容し、この糊状食品を所定量取り出すに際し、該包装体の端部を切断して孔部を形成し、外部から押圧することは、この技術分野において周知の手段であると認められるから、引用例に記載のケーシングに収容されている料理用すりみを取り出す際に、右周知の手段を適用することは、格別困難なことであるとは認められない。そして、右周知の手段を適用することにより奏する効果について、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には「魚肉擂身が人手と直接接触せず、人手で汚染されることなく、衛生的である」との記載があることが認められるが、右の効果は、包装のまま取り扱う前記周知の手段の有する自明の効果というべきであつて、本願発明による特有の効果であるとみることはできない。また、原告は、本願発明では一定の大きさ、形状を揃えることができる効果が生ずるものであり、引用例に記載のものではボール等に出した後、スプーン等で大きさ、形状を整えようとしても不揃いのものしかできない旨主張するけれども、この効果も、前記周知の手段によれば、孔部の大きさ、形状は、所望の取出し量、形状に応じて適宜に形成されるものであると認められるから、単に、該周知の手段の有する自明の効果にすぎないものというべきである。なお、原告は、叙上の効果に関連して、本願発明と引用例記載の発明との構成上の差異(包装のまま加熱するかどうかを云為するが、引用例がバツクから取り出して加熱する場合を含むことは、前記引用例の記載内容に徴し明らかであり、本件審決は、引用例の右の場合と本願発明とを対比して、叙上の効果について論じているのであるから、原告の右主張は失当というほかない。

したがつて、相違点(2)について、本件審決が「引用例において、バツクのまま解凍されて肉糊となつたものをバツクの端部の一部分を切断して押し出して取り出すことは、当業者が容易に気付くことにすぎない」とし、「そのことによりもたらされる効果は、予期以上の顕著なものということはできない。」と認定判断した点に誤りはない。

3  叙上認定説示したところによると、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとみるのを相当とするから、本件審決の認定判断は正当というべきである。

(結び)

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 清永利亮 裁判官 川島貴志郎)

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